学生時代に書いた自由論文が出土。

卒業論文ではなく、国語表現法Ⅱという授業の最後の課題でした。

「イヌは狼から改良されて人間と共生するようになったが、ネコはいつから今のような可愛いペットの猫になったのだろう?」
そんな疑問を課題に選び、調査と論考を重ねました。

この論文を書き終えたとき、ものの考え方がガラッと変わったのを覚えています。
猫のことを調べていたのに、人間のことを学びました。

先生も、「このラストは予想していなかった」とおっしゃるくらいでした。
自分でもお気に入りの論文です。

ネコ好きの方だけでなく、
ネコ嫌いの方にもぜひ読んでいただきたいです。

きっとネコに敬意を持つようになるでしょう。

ネコはいつから猫になったのか

 人類の歴史において、動物との共生は欠かせないものであった。
 羊や牛などの草食動物は食料や衣料として、イヌやネコなどの肉食動物は、狩りや作物を外敵から守る番としてそれぞれ飼育してきた。
 中でもネコは、現代において未だ多くの役割を担うイヌに対し、生きているだけでもてはやされる存在となっている。
 ネコと一重に言っても、トラやライオンなどの野生の種もいるので、先に述べたような“ただ生きているだけでもてはやされるネコ”はイエネコという呼び方をする。
 かつてはイヌのように、人間が生きていく上で重要な役割を担っていたはずのイエネコが、なぜ現代のような生活スタイルの“猫”になったのであろうか。

 私たちの身近な肉食動物の中で、ネコとイヌは代表的な二つの種族である。その性質や体形から双方は全く別の生き物だと認識されている。
 しかし、驚くべきことに、その分化の歴史を遡っていくと双方の祖先は同じ生物に行き着くのである。それは≪ミアキス≫という、現在の猫と姿形や大きさが似た動物である。
 ミアキスは今から約6500万年前に発生し、先に述べたように、顔や大きさはほとんど現代の猫に似ている動物である。
 彼らは胴長短足の体形で樹上生活を送り、昆虫やネズミを食べていたのではないかと言われている。
 主に森で生活をしていた彼らの一部はやがて草原へと分布し、それらが各々の環境に適した体に進化していったものが、ネコを初めとする現在の肉食動物なのである。
 ミアキスから初めに分化したのはクマ科、イヌ科、イタチ科、ハイエナ科、そしてネコ科であり、その後はイヌ属、リカオン属、ヤブイヌ属、キツネ属、タヌキ属となった。さらにその後はイヌ種、オオカミ種、ニホンオオカミ種、コヨーテ種、ジャッカル種を経てイエイヌと、主に現代の犬に近い動物へと進化していくのである。

ミアキスからネコ科へ進化したものは、その後ずっとネコ科のまま広がらなかった。つまりミアキスと猫には性質や体形には大きな差異がなく、大げさに言えば、猫こそ古来の姿を保つ生き物なのである。

 ミアキスから分化したネコが「イエネコ」となったのは、約5000年ほど前のエジプトが起源とされている。

 イエネコの祖先はこれまでアフリカヤマネコとリビアヤマネコのどちらか曖昧であったが、米英の研究チーム(*1)が行った遺伝調査の末、2007年6月にリビアヤマネコが祖先であることが判明した。

 当初はやはりネズミ捕りをさせるために飼育を始めたのだが、やがてエジプトの人々はネコを「宝であり、神聖なる獣」として信仰し、国外持ち出し禁止にするほど大切に扱うようになるのである。

*1 アメリカ国立がん研究所(NCI)のカルロス・ドリスコルらキャットゲノム研究チーム

 たとえば、猫の瞳は鋭敏に変化し、また、闇のなかの物を見ることができるので、これは猫の目が太陽の回転に従って変化し、夜は太陽が猫の目を通して下界を見るためであると考えられていた。こういう信仰は、バストという女神の像の頭が猫になっているのを見ても分かる。(『猫の歴史と奇話』平岩米吉、池田書房、1985年)

 エジプトの人々は災害が起きると真っ先に猫を救うことに努め、ネコが亡くなると眉を剃り落して亡骸をミイラにし、手厚く葬ったそうだ。
 これほどまでに大切にされ、国外持ち出しを禁止されていたネコであるが、地中海沿岸のフェニキア商人により持ち出され、小アジアを経てヨーロッパへ広がったことでネコの歴史は大きく変化する。

 15世紀の終わりはヨーロッパで魔女の迷信が広まっており、エジプト人が崇拝したものと同じ理由から、皮肉にもネコは18世紀まで迫害されることになるのである。
 16世紀にアメリカへ送られるが、それはフィラデルフィアでネズミが大発生する被害が起き、退治のためであると考えられている。
 しかし当時は魔女の迷信が続いていたため、その迷信もアメリカへ渡り、ネコは悪魔の化身としてアメリカでも迫害されるようになった。
 イエネコの起源は単源説が強いが、インドへ渡ったネコはリビアヤマネコとは別系統ではないかと言われている。
 紀元前200年〜後200年に作られた『マヌの法典』の規定の中で初めて登場し、ヨーロッパで魔女の迷信が広まるよりも前に似たような汚名を着せられているのである。

 さらに、中国へ渡った際も初めは養蚕のために役立つ益獣として珍重されていたが、やがて猫鬼という妖怪のモデルにまでされているのである。
 日本では奈良時代の『日本霊異記』に初めて登場したが、本物のネコが現れたのは平安時代であった。

唐土から渡来した黒猫を宇多天皇が気に入ったことが始まりである。
 多くの天皇や貴族がネコを愛育するようになったが、例の如くネコを「猫股」と呼び恐れるようにもなる。
 それはインド同様、西洋で魔女の迷信が広まるより前のことである。
 ネコはどの地域においても神聖な獣と見なされることと邪悪な獣と見なされることの両方を経験してきたようである。
 邪悪と見なされた猫が抹殺されずに他の地域へ広まっていったのは、ネズミを捕る能力の高さとその神秘性に人間が惹かれていたからであろう。
 いずれにしてもネコは波乱の多い歴史を伴いながら、エジプトから世界へと広まっていったのである。

 地域によって様々ではあるが、イヌは牧羊犬・猟犬・犬雪車など多くの役割を持ち、それは現代にも受け継がれている。
 むしろ警察犬や介助犬のように、新しい役割が生まれるようになったくらいである。
 それはイヌは適応性が強く、その目的に向けて体形が改良されていくからであり、それに対しネコは容易に野生を失わず適応性に乏しいため、ネズミの害を防ぐという単一のものであったと平岩氏(『猫の歴史と奇話』著者)は述べている。
 ところが、現代の日本を含む先進国ではネコにネズミ捕りをさせることもなくなっている。
 それは様々な形態のネズミ捕りが商品化され人々の手に入りやすくなったことや、土地開発により人間がネズミの害を抑える方法を取ったことが大きく関係しているだろう。
 地下にネズミが巣食っていても、地上に現れなければネコの手に掛かることはない。たとえ地上に現れたとしてもネズミ捕りの装置が簡単に捕まえてくれる。

もはや現代ではネコがわざわざネズミを捕る必要はないのだ。
 さらに、ネコはイヌのように新たな役割に適応する性質を持っていない。ネコが役割を失うのは当然のことなのである。
 何の役割も持たなくなった“猫”がネズミ捕りをせずに生き続けるのはなぜか。
 それは人間が今も飼育を続けているからである。
 では、なぜ人間は何の役割も持たない猫を飼育するのだろうか。
 その答えの中にこそ、“ネコ”が“猫”になった理由はある。

 人間がネズミ捕りを必要としなくとも、猫はネズミ捕りをしただろうか。
 猫がどんな状況に置かれてもイヌのようにその体を変化させることがなかったことを考えると、自然とその問いは肯定される。
 人間がネズミ捕りを必要としたことで猫に役目が生じただけである、という答えが見つかる。
 つまり、猫がその性質を変えたのではなく、人間の猫に対する認識が変わっただけなのである。
 “ネコ”を今日の“猫”にしたのは我々人間なのである。